2006年11月22日

カンビュセスの籤

  dairoku.jpg

ぼくが幼かったころ
おつかいのおかねをなんとかごまかして
着服しようとやっきになっていたものだ
けれど
そんな子供のあさはかな考えは
賢明なおとなには全てお見通しだったのだろうと
思うにつれ恥ずかしくてしにそうになる


民明書房刊『人を信じるということ』より


*このエントリは、BlogPoemer(ブログポエマ)の「ばうえる」が書きました。




posted by Θzawin at 16:42| Comment(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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