2005年05月01日

現在(いま)ヒロシマについて思う

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夕凪の街桜の国
こうの 史代 (著)

昭和30年、灼熱の閃光が放たれた時から10年。ヒロシマを舞台に、一人の女性の小さな魂が大きく揺れる。最もか弱き者たちにとって、戦争とは何だったのか……、原爆とは何だったのか……。漫画アクション掲載時に大反響を呼んだ気鋭、こうの史代が描く渾身の問題作。
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非常にいまさらという感がしないでもなかったのが本音だった―――
正直、ヒロシマのことなんて忘れていた。
湾岸戦争にアルカイダ、中国の日本の過去に対する憤りなど
すべてが対岸の火事であり現実味はなかった。
平和ボケっていう奴かな?
そんなボケボケな自分にこの本はきつかった。

この作品を読んだときに
他の戦争体験的な話とはあきらかに違うものを感じた。
「ヒロシマ」で犠牲になった人がただ可哀想だと思う気持ちとは違うナニカでいっぱいになった。
自分でもその感情は何なのかわからない。

話は3部からなり
『夕凪の街』
『桜の国(I)』
『桜の国(II)』
です。
最初の『夕凪の街』これだけ読むとあまりに救いがないのですが
後の二編は 昭和と平成の東京が舞台となり前向きに生きていこうとする孫の姿が描かれており物語に一条の光を差し込むことになります。
そして現在から過去へ物語をつないでいきます。
この三篇を繰り返し読みにいたって少しだけ筆者の言いたいことが解かってくる様な気がしました。

作品の中で“生き残ってしまったという罪悪感”というものがたびたび語られるが
自分はうまく想像できない。


以下の引用に近い感覚なのかなぁと思う。

 アウシュヴィッツから奇跡の生還を果たしたイタリアのユダヤ人作家プリーモ・レーヴィは、1987年に謎の自殺を遂げた。
 彼は、インタビューで“収容所からの生還者が一様に罪の意識を口にするのはなぜか? 被害者でしかない彼らにいったいなんの「罪」があるというのか?”と質問され、次のように答えている。

 我々の誰もがある種の居心地の悪さを覚えており、そしてこの居心地の悪さに自分たちで〈良心の呵責〉というレッテルを張り付けたのです。(中略)誰かの代わりに自分が生きている、という感覚なのです(『プリーモ・レーヴィは語る』青土社)







posted by Θzawin at 04:29| Comment(2) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>作品の中で“生き残ってしまったという罪感”というものがたびたび語られるが自分はうまく想像できない。

同感です。この『罪悪感』というものは、殊更に強調するべきものではないと思うのですが…

さて、収容所から生還した人間のタイプで、強壮な人間(何もかも上手く行っていたヤツ)ほど早く死んだという記述を読んだ覚えがあります、そして、生き残るという信念を維持できた者だけが生還できたとも書いてあり、私としては、ナルホドと合点がいったものです。

『生き抜くと信じた者だけが、生き残った』シンプルで良いなぁ

イタリアのユダヤ人作家プリーモ・レーヴィ氏の<良心の呵責>が、生に『執着』することを恥じたのかどうかは、分りませんが、最終的に自殺となると辻褄が合わなくなってしまいますね。

誰かの代わりに生きることに疲れたのか?
『原罪』を負ったまま生き続ける事に疑問を呈したのか?
自殺を禁じているカソリック(人間の原罪を基本に成り立っているハズ)に対するアンチテーゼなのか?エトセトラ、etc

新バチカン法王が、元ヒットラー青年団員であった過去が、わざわざ報道され、それでも法王として認められた事と、アシュケナージ ユダヤ人の御用宗教とも云われているローマカソリックに何か目論みがあるのではないか?と勝手に妄想を膨らます今日この頃です。

わたしゃ、なんとしても生き残りたいタイプですな、恥も外聞もなく…
Posted by じぇべる at 2005年05月01日 11:50
バイク乗りは死を身近に感じることによって“生きる”ことに対して貪欲であると昔聞いたことがあります。
ましては生きていることに罪悪感を抱く感情とは程遠いところに位置するでしょう。

しかし「ヒロシマ」において訳もわからない内に一方的に被害者にされてしまった人々の痛みというものに我々は言葉を失ってしまう。
本書の中で印象に残った部分を引用してみる。

 誰もあのことを言わない
 いまだにわけが わからないのだ

 わかっているのは「死ねばいい」と
 誰かに思われたということ
 
 思われたのに生き延びているということ

 そして一番怖いのは
 あれ以来
 本当にそう思われても仕方のない
 人間に自分がなってしまったということに

 自分で時々
 気づいてしまうことだ
 
本書のヒロインがそこまで悲観してしまうのは被爆後の原体験によるもので、
幸せを感じようとするその刹那、原爆投下後の惨状の中で生きるためにあがいた自らの姿が脳裏に浮かんでしまうのです。

死体を平気でまたいで歩くようになっていた。(中略)わたしは腐ってないおばさんを冷静に選んで下駄を盗んで履く人間になっていた。(中略)しあわせだと思うたび、美しいと思うたび、愛しかった都市のすべてを、人のすべてを思い出し、すべて失った日に引き戻される。おまえの住む世界はここではないと誰かの声がする。 

だが、ヒロインがようやく幸せを受け入れようとしたまさにその直後、彼女は発病してしまう。


アウシュヴィッツからは映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を連想してしまいます。
題名と反してしっかり“悲劇”であるのですが
極めて悲劇的な状況であるにもかかわらず、明るさを最後まで失わず、そう死ぬ数秒前まで明るのがこの映画のキモなんでしょうね。
最後まで希望をもつという事に人生の大切さがあると語っているように感じました。

あの映画はイタリアの物でしたでしょうか?
国民性の違いもあるかと思いますが悲劇をそうカンジさせないことで逆に涙を誘う発想は日本人には無いことかと思います。
Posted by ozawin at 2005年05月02日 01:01
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